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泣神

泣神と呼ばれる人がいた。
本名、大山聡。
静岡県の清水市出身である。
学生時代、運動も勉強も人並みにでき、特に才能というのもなく、
また、別段人より劣っている点もなかった。
しかし
彼には唯一、特技があった。

人の話を聞くことである。

仏教では、人間には七つの宝があるとされ、
その七つの宝の中には、「話すこと」は入らない。
しかし、「聞くこと」は、入っている。
事実、お釈迦様は人々の苦しい思いを、しっかりと聞きとめていた。

話を熱心に聞いてくれる人がいると、人は心を開くものである。

必死に聞き、相槌を打つ大山に、現代社会の疲れた人々が癒しを求めるのも、
当然といえるのではなかろうか。

大山が、最初に人を泣かせたのは、中学生の時だったという。
普通の公立中学校に通っていた彼は、
同級生の西村清から、恋愛相談を受けていた。
西村は元来一途な性格であり、一人の人を好きになると突っ走ってしまった。
そして走りすぎて転んだとき、たまたま近くにいた大山に助けを求めたのだった。
大山には恋愛経験などなかった。
しかし、必死に話す西村を前に、大山は何度も頷きながらしっかりと聞いていた。

結論は出なかった。

いや、彼に恋愛相談をしたところで、
具体的な結論が出るはずもなかった。
それでも、頷き、一緒になって涙こそ流しそうになりながら必死に話を聞く大山を前に、
西村は、泣いた。
とにかく泣いた。
大山は、励ます言葉こそ思いつかなかったが、
頷きながら、そっと、西村にティッシュを握らせたという。

それからだった。

本当に泣きたい時は、大山の所で泣かせてもらおう。
だんだん、そう考える人が増えてきた。

ある日、西村の恋人が大山に話しかけてきた。
大山は、ただ、西村のありのままを話した。
西村の恋人は、それを聞き、
今度は自分の辛さも話し始めた。
随分と深い所まで話すのでさすがの大山も驚いたが、
ひたすら頷き、肩をたたいた。
西村の恋人は、ひとしきり泣いた後、そっと小さな飴玉を、大山に握らせて去っていったという。

大山はそれとなくその飴玉を下校中に西村に渡し、
小さく深呼吸をして帰宅した。

大山は、社会人になってからも人を泣かせた。

温厚な性格で上司にも気に入られていた大山は、
ある日、上司に誘われとあるバーに入った。
店に入るなり、上司は、3日前に離婚した事を告げた。
自分が悪い、自分が悪いと繰り返す上司を前に、
大山は何もできなかったが、やがて上司は、
「君は、私の話を聞いてくれるのかね?部下にも上司にも妻にも子供にも見捨てられた私の話を、
聞いてくれるのかね?」
と、大山に問うた。

だまって、上司のグラスにワインを注いだ大山は、
それ以上何もいわず、泣きそうな顔で押し黙った。

泣神は、自分では決して泣かなかった。
自分の事もしゃべらなかった。
しかし泣き神は、無言で人を泣かせた。
相手が欲する癒しを、無言で与えていた。

人々を泣かせ続けた泣神は、
去年の暮れ、うっすらと笑いながら、32年の生涯に幕を閉じた。

泣き神が死んだ日、記録的な豪雨が、町をぬらしていたそうだ。





作:土間 
作成日:2009/03/29
この物語はフィクションです。
実在する地名、人名等とは一切関係がありません。



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